読書は、論争のためではなく、そのまま信じ込むためでもなく、講演の話題探しでもない。それは、『熟考』のためのものなのだ。
イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンの言葉である。
本を読み終えた後、あーおもしろかった!とか、なるほどなー!と言って終わってしまうのはもったいない。
その本に描かれているテーマを感じ取ったら、それに対して自分はどうなのか、どう思うのか、それを考えて初めてその本は自分の生涯の役にたつのだと僕は思う。
「素晴らしい一冊」と出会うことで、その日から自分の人生の意味が大きく変わることもあるだろう。
今日は、あなたの人生を大きく変えるかもしれない、そんな『名著』を紹介したい。
これまで過去3回にわたって、ガンダム混迷期に発行されたガンダムの児童向け絵本を紹介してきた。・歴史に埋もれた『名著』 【すごいぞ!機動戦士ガンダム】・歴史に埋もれた『名著』 【ガンダムもじのおけいこ】・歴史に埋もれた『名著』 【機動戦士Zガンダム】どの絵本も、機動戦士ガンダムという作品が持つインパクトを当時の子供たちにどう伝えるのか?という難題に果敢に挑戦し今日のガンダムからは想像できない世界観をつくりだしてきた。
そんなガンダム絵本を紹介するコーナーも、今回で最終章となる。なぜならば、今回紹介するガンダム絵本が
「究極の逸品」であり、私が愛してやまない
「ガンダム混迷期」を最も色濃く表現した究極の絵本だからだ。
私たちは幸せである。本日、この究極のガンダム絵本のページをめくる事ができるのだから。
朝日ソノラマ 機動戦士ガンダム (主題歌のソノシート付き)僕はこの絵本が読みたくて、ガンダム絵本収集という趣味が始めた。
10年以上探し続けついに手に入れたのだ。
当時の価格の100倍ほどの値段がついていたが、これほどの美品と巡り合う事は今後無いだろうと購入を決断した。
これは、今日のガンダムに対する考え方を大きく覆す名著で、まさにガンダムというコンテンツに対するラプラスの箱と言えるだろう。
それほどショッキングで破壊力がある名著なのだ。まずはいつものように、味わい深い表紙から見ていきたい。

まずは人物・・・。非常に整った絵柄である。 アムロの表情がなんともキリっとしていて凛々しい。
そしてフラウボウやカツ・レツ・キッカがかわいい。
この表紙の人選がなかなか面白い。
ガンダムといえばシャアやブライト、カイにハヤトなど個性あるキャラクターが多いが、この面子を選んでいる所が面白い。
主人公とガールフレンド、そしてそれを彩る子供たちという明るい構図なのが絵本的で良い・・・。
そしてRX78-2ガンダム。ガンダム混迷期らしい黄色いブレードアンテナは健在だ。
大きさの表現のためか真上からパースがかかっているが、あごの部分がちょっと変なことになってるのが味わい深い。
耳あたりのダクトのラインも見れば見るほどにどうなってるかわからない構造。
この頃はまだガンプラすら無かったので、描き手がガンダムのデザインを立体的に把握していなかったのが伺える。
裏表紙は、WBに配備されているモビルスーツ3体。背景の集中戦が勇ましい。リアルなロボット兵器という風合いではなくどことなくゲッター1.2.3のような印象を受ける。

さて、ここでこの名著を構成した人物について解説しよう。
構成/星山博之
星山氏は知る人ぞ知る
「脚本家」だ。
TV版の機動戦士ガンダムでも多くの脚本を手掛け、1話や、最終2話も手掛けている。
その他にはトライダーG7やダイオージャの1話やバイファム、レイズナーの1話も手掛けている。
日本サンライズ製ロボットアニメの第1話を書かせたら右に出るものはいないくらいの脚本家である。さらには、ザンボット3のメインキャラクターが爆死するトラウマ回
「アキと勝平」も氏の脚本である。
そんな星山氏が構成した、朝日ソノラマ版のガンダムである。人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。
地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。
宇宙世紀0079、地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。
あの機動戦士ガンダム第1話のナレーションを思い出しながら・・・いよいよ・・・その歴史的名著の1ページ目を開いてみよう・・・
「わあい!」
「おねえちゃん!こわいよ!」
「なにいってるの おとこのこでしょう」
キッカ、カツ、レツのさんにんは
フラウ・ボウおねえさんとゆうえんちでおおはしゃぎです。
・・・・・・!?!?今日のガンダムを知っていれば知っているほど戸惑う冒頭部分。
ソノシートという忘れ去られた文明の存在が気にならないほどのスピード感。
原作の1話とは180度違う方向に
「ジェットコースター」が走っていく。
もう・・・・この物語が僕たちの知っているゴールに辿り着きはしない事だけはわかる。
開始早々僕らはそんな「ジェットコースター」に乗せられているのだ。
台詞、絵、ソノシート、物語・・・このページに存在するすべてに突っ込みを入れられる情報量。
これは同人誌ではない。機動戦士ガンダムの脚本家星山氏が構成を行い、発行されている純正のガンダムストーリーだ。
その事を深く理解しながら、2ページ目へと進もう。

「ジオンぐんだ!」
みんながあそんでいるところへ
モビル・スーツにのってジオンぐんのへいたいがせめてきました。
そうなるわ。 このノリだとそうなるしかないわ。悲しいけどこれ、戦争なのよね。
もう僕らはこの流れに身を任せるしかない。

「ゆうえんちをこわして敵のロボットをおびきだせ!」
ジオンこくのデキンの命令をうけて シャアがやってきたのです。
「もっとこわせ!」
素手で遊園地を破壊するザク。遊園地とともに崩壊していく、僕たちのガンダム感。
敵のロボットをおびき出すために遊園地を破壊するという悪の組織のテンプレ行為に戦慄を覚える。
ジークジオン!ジークジオン!って言いながら破壊するのだろうか?
注目したいのは、デギン公王の玉座である。岩を切り出して作ったような玉座は、どう見ても「暗黒大将軍」とか「キャンベル星人」とか座りそうな
悪の玉座である。
絵もストーリーも完全にスーパーロボット物をフォーマットにしているのがよくわかる。
また、ザクという名前も記載されずモビル・スーツという表記になっている事から
モビル・スーツ⇒ロボット ザク⇒モビル・スーツ という風に解釈されているように思える。
時期的なものを考えると、まだガンダム混迷期の中でも初期の初期、製作スタッフも設定を理解していない段階で作られた絵本なのだろうか?

ちきゅうぼうえいぐんのホワイト・ベースはシャアののっているムサイをみつけました。
地球防衛軍・・・。 ホワイト・ベースのクルーが出てこないところを見ると、まだ設定的にブリッジの人事が決まって無かったのだろうか。
ちゃんとシャアのムサイがファルメルなのが嬉しい。

「ぼくはアムロだ、こどものあそびばをこわすなんてゆるさないぞ!」
ヒーローらしい台詞を放ちながらビームサーベルでザクに斬りかかるガンダム。
素手で応戦しようとしているザク。
なんというか・・・ザクの武装がまだ設定されていないのだろうか?
追いつめられたザクのパイロットは思っただろう。「武器・・・武器は無いのか!?」そしてやっとパイロットがみつけた兵装・・・それは・・・
「ねつこうせん」!?そんなポケモンみたいなわざを使えたのかっ!?
MS-06 ザクⅡ!!ねつこうせんを浴びせられたとなっちゃ、ガンダムも黙っていられません!!

ガンダムははりのついたてつのたまで
はんげきしてロボットをたおしました。
はりのついた てつのたま!!
はりのついた てつのたま!!
はりのついたっ!!
てつのたまあああああーーーっ!!
痛い!これはまちがいなく痛いっ!!「ガンダムハンマー」なんていうより、「はりのついたてつのたま」って言ったほうが断然痛そう!!!
そんな恐ろしい武器を使うなんて・・・・まさしく
連邦の白い悪魔。
そして訪れる美しいハッピーエンド。子供たちと戯れる地球連邦の最高機密であるRX-78-2。今の時代では絶対に描かれる事は無いであろう微笑ましいガンダム。
ガンダム混迷の時代に発行された、公式監修によるガンダムの絵本。
今日のガンダムとはかけ離れた、いかにもテンプレ的なスーパーロボット物語ではあるが・・・
言うなれば、これは
『ガンダム』が辿るかもしれなかった
もうひとつの世界線。ガンダムが持っていた、もうひとつの可能性と言える。
しかし、その可能性は回避され、今の時代につながっている。ガンダムという作品が世に出て、それをとりまく環境が何らかの大きなうねりを作って今の時代につながっている。

ガンダム作品は戦争をテーマにしたリアルなロボットアニメである。
「ガンダムの絵本」は、そういった今の時代につながる流れに対する当時の大人の戸惑い、ロボットアニメは子供が見るものだと考える空気がとても漂っていて味わい深い。
『はりのついたてつのたま』を振り回していたロボットが、今、実物大になり台地に立つまでに至った。当時の人たちはそんな戸惑いをおぼえつつも、何をどう決断し、それを受けて人々はどういう感情を持ち、今に至ったのか。
40年近い時間の流れの中、こういう形になったという事実。そこに僕は「ガンダム」の深い魅力を感じる。ガンダムとは、僕の人生の中で共に歩んだ「歴史」そのものなのだ。愛してやまない僕の感じる「ガンダム」の源流であり、その生い立ちを深く刻んだガンダム絵本。
それは僕にとってまさに歴史に埋もれた名著と言えるだろう。
この本を手にした僕は、これを
『ガンダムのはじまり』としてとらえ、今後生み出される全てのガンダム作品に対し、その作品に歴史の深い重みを感じながら楽しむ事ができる。
こんなに嬉しいことは無い。
僕らが見るかもしれなかったもうひとつのガンダム世界。そしてそうならなかった歴史。それを最も色濃く刻んだ、「朝日ソノラマ 機動戦士ガンダム」。
数種類しか存在しないガンダム絵本の中で、僕はこれを入手する事ができた。
これ以上の作品はこの世に存在しないため、
僕のガンダム絵本収集の趣味はこれにて終了である。これからもずっと続いていくであろう、ガンダムの歴史がとてもたのしみだ。
歴史に埋もれた名著・完
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